東洋のベネチア、大澳を訪ねて|香港に残る水上漁村の風情と歴史

東洋のベネチア、大澳を訪ねて|香港に残る水上漁村の風情と歴史

香港の西端、ランタオ島の片隅に、まるで時間が止まったかのような風景が広がっています。大澳(タイオー)は、かつて漁業と製塩で栄えた伝統的な漁村で、今なお高床式の水上家屋やローカルな市場、のんびりとした空気が人々を魅了しています。急速に変化する香港の中で、昔ながらの暮らしを垣間見ることができる貴重な場所です。

高床式の家々が並ぶ「水上の街並み」

大澳(Tai O)は「香港のヴェネツィア」とも称される、香港ランタオ島の西端に位置する漁村です。その最大の魅力は、干潟の上に立ち並ぶ高床式住宅「棚屋(たなや)」の風景。木製の柱で支えられたこれらの棚屋は、かつて海上で生活を営んでいた少数民族・蜑家人(タンカ族)によって築かれ、漁業を中心とした独自の生活文化が今なお息づいています。

棚屋は水路に沿って複雑に入り組んでおり、細い橋や板張りの通路でつながる様子はまるで迷路のよう。朝夕には、住民が手漕ぎ舟で水路を行き交い、釣りや網漁に精を出す姿が見られるなど、観光地化された香港の都市部とは一線を画す、のどかな雰囲気が漂います。

観光客にとっても、この伝統的な水上集落は大きな魅力のひとつ。現地では棚屋を改装したカフェやギャラリーも増えつつあり、写真映えするスポットとしても人気を集めています。地元特産の干しエビや海産物、伝統的な海老醤(シュリンプペースト)などのローカルグルメも楽しめるため、歴史と生活文化、味覚を同時に体験できる希少なエリアです。


 

歴史が息づく漁村文化とその変遷

大澳は、香港に現存する数少ない伝統漁村のひとつであり、その歴史は16世紀まで遡ります。かつてポルトガル人がこの地に補給基地を設けた記録が残っており、当時の呼称「番鬼塘(ファン・グァイ・トン)」は、外国人を意味する言葉に由来しています。このように、海上交通の要衝として早くから国際的な交流があった地域でもあります。

20世紀前半、大澳は漁業と製塩業で栄え、500隻を超える漁船が停泊し、年間1万8千トン以上の塩が生産されるなど、地域経済の中心地として大きな役割を果たしていました。干潟を活かした塩田や魚市場には活気があふれ、村全体が海と共に生きるリズムの中で営まれていました。

しかし、1960年代以降、香港の都市化と経済構造の変化により、漁業や製塩業は急速に衰退。若者の都市部への流出が進み、大澳も過疎化の波に直面します。こうした中で、注目されるようになったのが、大澳の棚屋や漁村文化を活かした観光振興でした。

現在では、伝統的な棚屋を改装したゲストハウスやカフェが並び、週末には多くの観光客が訪れる人気スポットへと変貌。とはいえ、大澳の魅力は単なる観光地にとどまりません。漁業に従事する住民も健在で、伝統行事や祭礼、地元で親しまれる海老醤の製造など、地域文化は今なお脈々と受け継がれています。

歴史の重みと生活文化が交差するこの場所は、訪れる人々に「かつての香港」と、そこに根ざす人々の誇りを感じさせてくれる貴重な存在です。

観光の見どころと体験

大澳は、のんびりと歩くだけでも癒やされる風情ある漁村ですが、ここでしか味わえない体験やスポットが数多くあります。歴史と自然、そして人々の暮らしが融合したこの地を、五感で感じてみてください。

大澳市場|ローカルの味と暮らしを楽しむ

村の中心部に広がる大澳市場は、漁村の息遣いを感じられる必見スポット。干し魚や海老醤(シュリンプペースト)、塩漬け魚卵など、大澳ならではの海産物が所狭しと並びます。また、豆腐花(トウファ)やカラメルプリン、揚げ魚団子など、地元ならではのスナックを食べ歩きできるのも楽しみのひとつ。観光客だけでなく、地元の人々が日常的に利用する市場のにぎわいも見どころです。

 

遊覧ボート体験|棚屋と水路を間近に感じる

水上の視点から大澳を眺められる遊覧ボートツアーは、初めて訪れる人におすすめのアクティビティ。棚屋の間をゆっくり進むボートからは、迷路のように入り組んだ木造住宅や、水辺の暮らしを垣間見ることができます。運が良ければ、香港近海に生息する中華白イルカ(いわゆるピンクイルカ)が姿を現すことも。ただし、近年は目撃頻度が減少しており、出会えたらラッキーという程度に捉えるのが現実的です。

 

歴史・自然散策|塩田跡と寺院をめぐる

大澳の郊外には、かつての製塩業の名残をとどめる塩田跡地があり、整備されたハイキングコースを通じてその歴史に触れることができます。木道や案内板が整備され、気軽に散策しながら地域の過去を学べる場所です。

また、天后廟(ティンハウミウ)關帝廟(クワンタイミウ)などの歴史ある寺院も点在し、海の守り神を祀る信仰が今も地域に根づいていることを感じられます。自然と文化、両方を同時に楽しめるのが大澳の大きな魅力です。

アクセスと訪問のヒント

大澳へは、香港市街地から公共交通機関を利用してアクセス可能です。最も一般的なルートは、MTR東涌(Tung Chung)駅からのバス移動です。駅のすぐ隣にあるバスターミナルから、新大嶼山バスの11番(大澳行き)に乗車し、約50分~1時間ほどで到着します。バスは30分~1時間に1本程度の運行で、車窓からのランタオ島の自然風景も魅力のひとつです。

なお、梅窩(Mui Wo)から大澳へのフェリーは運航されていないため、梅窩から訪れる場合はバス1番(梅窩~大澳)での移動となります。山道を走る路線のため、車酔いしやすい方は事前に対策をしておくと安心です。

訪問のベストタイミング

週末や祝日は香港内外からの観光客で混雑しやすいため、できれば平日の午前中の訪問をおすすめします。人出が少ない時間帯は、水上の棚屋や市場の雰囲気をより静かにじっくり楽しむことができ、大澳本来ののどかな魅力を実感できます。

快適に歩くための装備と注意点

大澳の村内は、舗装されていない細道や木造の橋、段差のある路地が多いため、歩きやすいスニーカーなどのフラットな靴を選びましょう。日差しを遮る場所が少ないので、帽子や日焼け止め、飲み水の準備もおすすめです。写真スポットが多いため、スマートフォンやカメラの充電もお忘れなく。

のんびりと歩き、ローカルの食や景色を味わいながら巡ることで、大澳の魅力を存分に堪能できるでしょう。

 

まとめ

大澳は、香港に残る数少ない“昔ながらの香港”を体験できる場所です。近代都市のイメージとは異なる、素朴で味わい深い景観と文化に触れることで、旅人はこの土地の持つ魅力に静かに惹きこまれていきます。水上の家々、歴史ある街並み、人々の営み。そのすべてが、ここでしか味わえない香港のもう一つの顔を物語っています。